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🐸の介護小話「病院のチャンチキおけさ」

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 | GogoJungle

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こんにちは楽天ポイントを使った楽天証券投資信託の積み立てを楽しみに生きている介護士両生類です

 

介護士両生類かえるのちょっとしたお話にお付き合いを

 

あれはかれこれもう10年以上も昔

介護士かえる🐸が初めて仕事に就いたときの話

 

介護保険開始と同時に介護福祉士養成専門学校を卒業した🐸は療養型病床に勤めることになりました

療養型医療施設は今でこそ廃止の流れですが、当時は介護保険が病院でも使えるとのことで主に医療的ニーズの高い患者(利用者ではない)への介護保険サービスとして介護保険に位置づけられていました

 

新米ペーペー介護福祉士🐸の介護人生は療養型からのスタート

 

🐸が務めた療養型病床は俗に言う永田病床という奴で「胃ろうや経鼻栄養の患者様」がずらりと並んでいるような病院でした

 

ここでわからない人に説明すると胃ろうっていうのは胃に穴をあけて管を通し栄養剤を送ることで生命を維持する方法だし

経鼻栄養とは鼻から管を通し栄養剤を送る方法です

 

現在は胃ろうは医療の点数が厳しめになったらしく中々しなくなったけど、🐸が介護福祉士になった頃は胃ろうの全盛期(?!)で、ゴホンとむせたら龍角散ではなく、経鼻栄養、経鼻栄養が難しくなったら即胃ろうという時代でした

 

高齢者虐待防止法で拘束として定義されている「Y字ベルト」「つなぎ服」「ミトン型手袋」全て🐸はこの病院で経験済みです

そんなことが拘束に当たるなんて知識として知りもしなかった若き日の🐸

 

閑話休題

 

そんな職場だからこそ、当然患者様はほとんどが寝たきりの人で、四肢が拘縮したまま天井をただただ見ているような患者様ばかりでした

 

介護保険黎明期でまだ介護福祉士が何をする人たちなのかもよくわからなかった時代

ぺーぺー介護福祉士🐸はひたすらに定期時間におむつ交換をする要員でした

 

四肢が拘縮した寝たきりの人のおむつ交換「だけ」がほぼ仕事ですから

職員同士で『あの人は交換が早い』『あの人は交換が遅い』って競ってましたよ

まぁ、それくらいしか職員同士の差異が出るところなんてありませんでしたから

 

そんな日々を過ごしていると、だんだんとおむつ交換をしている対象(患者様)が人間だという感覚がマヒしてくるんですよね

おむつ交換をして、休憩をして。おむつ交換をして、疲れた身体を引きずり帰るような日々でしたから

 

そんなある日のこと1人の患者様へ家族が来るようになりました

 

とある患者Aさんの娘さん

Aさんは寝たきりで四肢も拘縮してただただ天井を見ていて。。。。

でも、娘さんは毎日来てはチャンチキおけさという曲を流すのでした

 

看護師の中には「あんなことしてもわかるわけないのに」と笑うものも居たし、ぺーぺー介護士かえる🐸も初めは同じく意味あるのかなぁと思っていたけど

 

その娘さんはただ毎日、ただ毎日

ひたすらにチャンチキおけさを流すのでした

 

当時のペーペー介護福祉士🐸はその姿を見て何か心を動かされるものがありました

 

当時はまだそれを言語化する能力がなかったけど、今なら言えます

『どんなに寝たきりで動けない人にも家族がいて、歴史があって、そして人間なんだと』

 

真夏の白いカーテンが揺れる病床で

「月がわびしい路地裏の 屋台の酒のほろにがさ」という曲が流れ始める

 

それは少し悲しくて、少し寂しくて、でも力強くて、美しい光景だったと🐸の脳裏に焼きついているのででした

 

という感じのどうでも良い小話を今後も書いていこうと思います

 

<過去記事>

 

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